『ルポールのドラグレース』が好きでこのシリーズを視聴するという人は多いのではなかろうか、私もその一人だ。ルポール主演のNetflixドラマ『AJ&クイーン』。全10話あるシーズン1、見どころは何と言ってもルポール演じるベテランドラァグクイーン・ルビー・レッドの ”フォビュラス” なお姿とルポールの熱いキスシーン。これだけでも個人的には十分な気はするが、ドラァグレースの卒業クイーン(RuGirls)も入れ替わり登場し、毎話目を楽しませてくれる。
しかしそれだけでない!迷える現代人へ送るラブレターともいえる数々のメッセージが詰まっているのだ。
◆目次
ルポールの頭の中
『AJ&クイーン』について語る前に、まずはこの動画を見ていただきたい。ルポールが、個人的な質問に一問一答で応えるインタビューの動画である。
このインタビューの中で、印象に残った質問が2つある。
1つは、「人が驚くルポールの意外な一面は?」というもの。その質問にルポールはこう答えた「実は内向的なところ。自分はそれほど社交的ではないが、しようと思えばできる。だって私は『人間』についての学びに取り組んできたから」と。
そしてもう1つ印象的な応答は、「もしパフォーマになっていなければ、何で生計をたてるか?」この質問にルポールは、「若い人たちを連れて、人生経験の旅に再び繰り出せる。経験を積んで新しい発見がしたい。だから、教師になりたい。」と答えている。
経験や学びを通じて得た人間についての知識と知恵を、教師となって生き方に悩む若い世代に教えながら、自らもまた新しい学びを得る。
インタビューで語った取り分け印象的なこの2つの応答は、『AJ&クイーン』で描かれる大切なテーマに繋がる鍵となる。
『AJ&クイーン』あらすじ
ルポールが演じるのは、NYのベテラン・ドラァグクイールのルビー・レッド。汗水流してショーをこなし、コツコツ貯めたお金で自分のナイトクラブを開く夢を持つ。恋人のダミアンは経営学を学んだスマートなイケメン。ルビーの共同経営者として、二人はナイトクラブ開業へと邁進する…予定であったが、新しいナイトクラブのために用意したルビーの全財産は、ダミアンによってすべて持ち逃げされた。ダミアンはドラァグクイーンを狙う詐欺師だったのだ。
ルビー・レッドが財産を失ったと同時期に現れたのが、同じアパートに住んでいた10歳のAJと名乗る一人の生意気な子供。ドラッグ中毒の母親とは連絡がつかず、お金に困り詐欺まがいなことを働いては、生活をしていた。
恋人とお金を一遍に失い絶望のどん底のルビーではあるが、元々予定していた全米を周るツアーと、賞金獲得を狙うダラスのドラァグレース競技出場のため、年季の入ったお気に入りのキャンピングカーでNYを出発する。そこへ、何としてもテキサスに行きたいAJがこっそりルキャンピングカーに忍び込んだことから、1人のドラァグクイーンと1人の子供、共に『お金』に困る2人の旅が突如始る。
『AJ&クイーン』の制作にあたっては、監督に『セックス・アンド・ザ・シティ』を手掛けたマイケル・パトリック・キングと共に、主演のルポールも、監督・製作・脚本に加わっている。
世を生き抜くための方法を、ルポールに学ぶ
『AJ&クイーン』の制作について、ルポールによって語られたインタビュー記事をネット上で読んだ。そこにはこう書かれていた。
雨から身を守るのではなく、雨の中でダンスして生き抜く方法を学ぶのだ。
『AJ&クイーン』の全10話を通し登場する人物は皆、複雑な社会的背景を背負っている。男に騙され財産を奪われたルビー・レッドや、ドラッグ中毒の母親を憎みつつも恋しがるAJをはじめ、ルビーの友人で病気で全盲になったルイス、ルビーを騙した詐欺師のダミアン、ダミアンと共にルビーを追う卑劣な医療詐欺師レディ・デンジャー、そしてドラッグから抜け出せないAJの母親、何不自由のない暮らしをしながらも心は崩壊寸前の幼馴染ベス、それぞれが暗闇を這うような思いで生きている。貧しさや裕福に関わらず、現代に生きる多くの人々がそうであるように。
ルポールの言うように、大雨や嵐や吹雪は、誰の元にも平等にやってくる。だからこそ、ただそれを避けるのでなく、大雨の中でも踊って生きることができたなら、この世界はもっと生きやすくなるだろう。
『AJ&クイーン』に出てくる問題は、ドラァグクイーンと子供だけの問題ではない。誰もが社会全体で起きている立ち直れそうもない出来事にどう対処するか、どうやって一筋の光を自分自身で見つけ出すのか!?
私を含む迷える生徒たち(視聴者)に、ルポール先生がドラマの中からそっと教えてくれる。
名言に隠されたメッセージ
私は人生の綺麗な面を見ようとしている、苦しくても。
第5話で、ロバート(ルビー・レッドがドラァグを脱いだ時の男性の名前)がAJに言った何気ない一言だ。暗い面ばかりを見ていても這い上がる気にもなれなし、楽しくもない。どん底にいる時でも、良い面だけに焦点を合わせることができたなら、多くの人がどんなにか楽になれるだろう。
この言葉はお金も労力もかけず、視点ひとつでいまある世界は変えられることを教えてくれている。
人はお金のためだけに、いろんなことをするものだ。
第9話で、”お金のためなんか”に自身のホームパーティーで恥ずかしい思いをさせたことをロバート(ルビー)に詫びた幼馴染のベスに対し、ロバートが放った言葉だ。お金のために恥をかいて働くことの何がいけないのか、それよりも施しを受けるほうが恥ずかしいと言わんばかりに。
誰でも無理をしている。それでいい。自覚していれば。
同じく第9話に出てくるこの言葉で、自己崩壊しかけていた幼馴染のベスは、自分を取り戻すことになる。
上の2つの言葉から私が連想したのは、「自立」という単語だ。冒頭に紹介したVOGUEのインタビュー動画の中で、ルポールは母親から「自立して生活していくこと」に関して影響を受けたと語っている。またそのシーンでは、お金に関しても言及している。
お金のために一生懸命になったり、無理をしている自分を、嫌いになる必要はないのだ。
誰もがトロフィーをもらえるって話、私は信じない
みんな勝つために一生懸命だけど、結局は負けちゃう
でも、努力してるだけまし
努力すらしない人もいる ただ奪うだけ
そんな負け犬は、負けていることに気が付かない
最悪な状況のなか、最善を尽くす人もいる 最高でしょ?
もっと最高なことがある
人生負け続きでも 勝利は手に入る
トロフィーは自分の手でひったくるもの
シーズン1最終話となる第10話の冒頭シーンで、AJが語った言葉だ。ロバート(ルビー)との心の旅を通じて、AJが学んだ先人の知恵だ。まさにそれは、ドラマを通じてルポールが絶えず発信していたメッセージを、AJと共に学んできた私たち生徒(視聴者)はしっかりと受け取ったか?という確認の意味に違いない。
その他、『AJ&クイーン』には書ききれないほどハッとさせられる名言の数々が散りばめられている。ここに記した名言は『AJ&クイーン』を見た時点で、私の心に響いた名言に過ぎない。いまは一切響かなくとも、1年後のあなたに響く言葉かもしれない。それぞれの心に響く名言をドラマの中で探してみてほしい。
ルポールの自伝的要素
ドラマを見た方は既にお気づきだろうが、『AJ&クイーン』にはルポールの自伝的要素が所々に入れられている。
インタビュー記事でもあったのだか、監督のマイケルはスタンダップコメディの世界で、そしてルポールはナイトクラブの世界で30年以上従事し、長年”人間”について収集してきた学びの多くを、このドラマの中に込めたのだそうだ。
また、ドラァグレースでもおなじみのアイコニックな歌姫や著名人が、このドラマでも主人公の口から多く語られている。
「私が、ドリー・パートンやシェールやダイアナ・ロスが好きな理由は、何もないところから這い上がったから。そして素晴らしい業績を残したから。」というセルフもそのひとつ。
そして忘れてはいけないのが、オプラ。
オプラ・ウィンフリーはアメリカでもっとも影響力のある女性司会者と言われている。ルポールも大好きだと公言し、ドラァグレース・シーズン1のエピソード3ではオプラをイメージした「Queens of All Media」がメインチャレンジとして登場した。『AJ&クイーン』の劇中で何度か出てきた、オプラを見るシーン。ロバート(ルビー)が自分を失いそうな時、VHSテープから流れる軽快なトークに熱心に耳を傾けることで、心を取り戻すというものだ。あのVHSテープの中の人がオプラ・ウィンフリーだ。
「光が見えず暗闇が永遠に続くように思える時は、誰かの人生を少し拝借することが重要。私の場合はそれがオプラだった。だからロバート(ルビー)の場合も劇中に使ったのだ。」これもインタビュー記事に書かれていた事だ。
心を取り戻すためにオプラの言葉に耳を貸す行為、実はルポール自身がしてきたことだったのだ。
ドリー・パートン、シェール、ダイアナ・ロス、オプラ・ウィンフリー、ボブ・マッキー…偉業を成し遂げてきたこれらの偉大な人々の人生経験を、ルポールは自らの中へと移入して生きてきたのだろう。
「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
鉄血宰相と呼ばれたドイツの政治家オットー・フォン・ビスマルク(1815年-1898年)の言葉である。
一人の人生は長く生きてもせいぜい100年。そんな短い個々の経験から物事を判断するよりも、他人が築いた歴史つまり多くの偉人たちの経験を広く集め物事を判断する方が、何十いや何百倍もの経験を活かすことになり、誤りも少なく遥かに良い結果を生むという意味だ。
まさしくルポールの言う「誰かの人生を少し借りる」ことなのだ。
このように『AJ&クイーン』は、ルポールの生き方や思想が色濃く映し出された作品と言える。
まとめ
『AJ&クイーン』には、『ドラァグレース』で見る凛としたルポール以外に、迷ったり臆病であったり人間的に弱い面を持つ姿を見ることができる。だからなのかこのドラマを見ていると、架空のドラァグクイーンであるルビー・レッドを見ているのか、ルポールという一人の人間を見ているのか、分からなくなる。もはやそれはどうでもよいのかもしれない。劇中のルビー・レッドしかり、ルポールしかり、人間の本質や宇宙の真実に一歩でも近づこうとする姿勢に、強いメッセージ性を感じるからだ。
雨から身を守って生きるのではなく、雨の中でもダンスして生き抜くのだという信念を。
劇中では、ルビー・レッドと同じ男に騙されたブライアン(チャド・マイケル)を「WWCD(What Would Cher Do?/シェールならどうする?)」という言葉で奮い立たせた。
ひどく落ち込んだとき、自暴自棄になりそうなとき、今度はあなたが自分自身に問いかけてみてはどうだろうか、「WWRD(What Would RuPaul Do?/ルポールならどうする?)」と。
嵐の中でも踊っていられるような素晴らしい名案が見つかるかもしれない。