「ル・ポールのドラァグレース」シーズン9見どころ・感想

初回からレディー・ガガが登場し、ユリーカのドクターストップ、バレンティーナとSNSを巡るクイーンたちとの攻防戦、トリニティーの目に余る露出など、驚くことが色々あったシーズン9であったが、一番驚いたことはファイナルで見せたサーシャ・ベロアのリップシンクであった。彼女のあの奇想天外な発想は、一体どこら来るのだろうか。『ル・ポールのドラァグレース』シーズン9に見るサーシャ・ベロアについて、あれこれ考えてみた。(ネタバレあり)



サーシャ・ベロア(Sasha Velour)の特異な発想力

独特のセンスに洗練された知性、上品で整った容姿、そして奇想天外な発想力。一見持って生まれたユニーク性を武器に活躍したように見えるサーシャ・ベロア。しかし、よく見ると緻密な計画性と、個性と知性と活かした着想力で、表現を最大限に効果的に魅せれるように考えられたデザイン力(構成力)のたまものであることが分かる。それを説明するための、3つの視点をまずあげたいと思う。

1.しっかりとしたコンセプト
 

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フルタイムのドラァグクイーンになる前サーシャ・ベロアは、グラフィックデザイナー兼イラストレーターの職に就いていた。そのせいもあってか、彼女は与えられた課題に対する要求事項を把握したうえで、自分の表現したい世界をひとつのストーリーまたはコンセプトにまとめるのがとても上手である。

例えば、息の合った名コンビ・シア・クーリーと組んだ『熱き番組制作バトル』では、短時間での番組紹介という限られら枠の中、”ダサい奴らを制ばいするおバカなスパイコンビ”で見事に笑わせてくれた。ブレることのないキャラクター設定とストーリーの構成力と、勢いのあるスピード感で、一体どんな番組なのか視聴意欲をそそられる。「見たい!」と思わせることが、番組制作課題において最も重要な任務であることを、理解し実現した。

おとぎ話のプリンセスという設定で、ストーリーと衣装を創造するエピソード3の『ドラァグ・プリンセス』。ここではプリンセスのほかに、語り役として相棒のキャラクターも設定しなければならない、一人二役という難しい課題である。サシャのチャンレンジで、語り役の相棒・ランクから語られプリンセスの物語は、下記のような内容であった。

俺の名前はランク、”自信喪失”の国からきた
プリンセスの空想の友達だ
彼女をかごに閉じこめたのは、俺だ
彼女に”自信喪失”と”弱さ”を植え付けたんだ
でも、彼女は俺を怖がらなかった
俺の”闇”を抱きしめ、愛を教えてくれた
だから俺はかごを開け、彼女を自由にしたんだ

簡単に言うと、プリンセス自身が空想で創り出した心の闇を、恐れずに愛で満たすことで、プリンセスはかごから解き放たれ自由になったというストーリー。このストーリーをもとに、「扉が開いた、空の鳥かご(ケイジ)」を頭に被った美しいプリンセスの姿を披露したのだ。

相棒・ランクの説明を見て分かる通り、まさに”哲学的”である。彼女の表現したい概念を、衣装と物語に投影する行為、それはまさに現代アートである。マルセル・デュシャンが便器をひっくり返して概念を問うたように、ドラァグで感情の概念を提起し、表現している。

衣装やダンス・演技など、チャレンジそのものに流されることなく、どのチャレンジでも課題の本流をしっかり掴みながら、自身のブレないコンセプトをプレゼンする能力を発揮していたことがよく分かる。

2.特徴に着目し、特徴を活かす

ドラァッグレースの男性番組スタッフを、ドラァッグクイーンに変身させるエピソード10『クルーの大変身』から。ランウェイを堂々と進むサシャとドラテラ(ドラァグクイーン変身後の番組制作クルー)。二人が振り返ると、左の者の背中に「LO」、そして右の者の背中に「VE」、二人合わせて「LOVE」の4文字。「LOVE」が現れたと思ったら、次に二人はそそくさと左右場所を入れ替わり「VE」と「LO」の文字に。そして「VELO」に繋げるように文字の書かれたパネルを舞台にかざし、併せて「VELOUR(ベロア)」の6文字を表して見せた。
いつもは一人で歩くランウェイだか、『クルーの大変身』チャレンジでは、二人でランウェイを歩く。”二人のランウェイ”であるいう一番大きな特徴を活かした、子憎たらしい粋な演出である。

エピソード11『史上最高のゲイ舞踏会』のレインボールックでは、ロシア帽のような高い帽子を被って登場し、その帽子をゆっくりと取ると、中からスキンヘッドの上にちょこんと佇む、可愛いピンクの家が現れた。まるで白い丘の上に立つ一軒のお家。スキンヘッドだからこそできる、遊び心ある面白い仕掛けである。

象徴的な特徴を活そうとする着想から、目に見える形へと実現していく表現力を持っている。

3.型破り

ダンスがあまり得意ではない彼女ではあったが、トップ4が歌って踊るステージ・パフォーマンスのエピソード12で見せた、型破りな登場シーンにはぎょっとした。サーシャ・ベロアが、舞台下から舞台上へよじ登りながら、四つん這いでヌルっとホラー映画のように現れたのだ。

これほど奇々怪々な登場シーンは、これまでになく新奇的。地に響くような落ち着いた彼女のロートーンボイスと、インテリジェンスでやや怪奇的な彼女のキャラクターや衣装にぴったりマッチしていて、特徴的で強く印象に残るものであった。

このサーシャの登場シーンが原型となったか定かではないが、シーズン11でのトップ5による同様のパフォーマンスでは、”墓場のサーカス団”かのような、これまた特異な個性と雰囲気を持つイヴィ・オドリィによって、舞台下から舞台へ奇妙によじ登るスタイルが再演されている。

人の予想を超えるような型破りなクイーンでありたい。それが未来のドラァグクイーン形のであると語るサーシャ・ベロア。もっとも、その型破りさは、グランド・フィナーレのリップシンクで誰もが知るところとなる。

「ル・ポールのドラァグレース」ミュージック・ビデオ・クイーン



集大成となったグランド・フィナーレ

上記述べたサーシャ・ベロアの発想が持つ3つの視点、コンセプト・特徴を活かす・型破りは、上位4人で競う『グランド・フィナーレ』で、集大成のごとく発揮された。

リップシンク『So Emotional(ホイットニー・ヒューストン)』

赤い髪に赤いドレス、手には真っ赤な一輪のバラの花。それが何を意味するのか、誰も知らなかった、リップシンクが始まるまでは。

音楽のスタートと同時に花をちぎり、真っ赤な花びらは床へ散る。それはただのエピローグで、曲が進むにつれ、左の手袋からも右の手袋からも、真っ赤なバラの花びらが舞台を舞った。

愛する感情を抑えることができない、そんな歌詞の『So Emotional』に乗せて、真紅に染まった口元を、張り裂けんばかりに開き、感情を爆発させるパフォーマンスをするサシャ。まさにその時、ウィッグに掛けた手を天に向かい突き上げた!

ここまで書いておきながら何だが、ネタバレになるのでこれ以上は控えておこう。あっと驚くパフォーマンスの直後、会場の歓声が一気に噴き出し、あまりの驚きで総スタンディング状態になった。

音楽が始まる前から既に始まっていた彼女の一貫したコンセプト『バラ』は、1度の花火に留まらず、徐々に勢いを増し、大輪の花火をド派手に咲かせた。決して即興でできることではない、よく練られたパフォーマンスアートである。

ウィッグを使うという手法は『ル・ポールのドラァグレース』では度々みられる。シーズン5・ロキシー・アンドリュースの2枚ウィッグの発展型とも言えるかもしれないが、サシャが見せたウィッグ技は、「サーシャ・ベロア=スキンヘッド」という公式があるからこそ、そこにあった物が突然消えるマジックのような、驚きの演出が成立したのだ。型破りという点に関して、このリップシンクでは”言わずもがな”である。

リップシンク『It’s Not Right, but It’s Okay”(ホイットニー・ヒューストン)』

頭部から顎まで顔全体を覆う白い兜(かぶと)で登場した、決勝戦となるサーシャ・ベロアのリップシンク。その姿を見て多くの人が思い出したであろう、同じシーズン9で起きたヴァレンティーナのマスク事件を。サシャはもしかしたらそれを逆手取って、上手に利用したのかもしれない。ヴァレンティーナのマスク事件があったからこそ、リップシンクにマスクはご法度であると見る者は即座に認識し、否が応にも”口元”に目がいった。

口元はどうなるのか、いつ兜を外すのか、若干ハラハラしながら曲がスタート。すると溜めるようにゆっくりと、兜に手を掛けた。と思ったら、兜からスポッと口元だけが取れ、中から真っ赤な唇が。目や鼻は白い兜で覆われたまま、真っ白なドレスを揺らしながら、口元だけが真っ赤で、奇妙に開閉と続ける。白と赤の対比でその深紅の口元は非常によく目立った。恐らく口元に人々の目を集中させるための戦略であろう。

その後曲の盛り上がったところで、目元を覆った兜は真っ二つに分かれ、美しいスキンヘッドが現れたという具合である。言うまでもなく、この兜もスキンヘッドという特徴があるからこそ成立する。人々はその予想を超える衣装と演出と、そして彼女の湧き上がる破壊的で情熱的な表現に、驚き歓喜した。
ちなみに、このインパクトのある兜を制作したのは、ペルー生まれでNYを拠点に活動しているディエゴ・モントーヤ(Diego Montoya)というデザイナーである。



まとめ

シーズン6のビアンカ・デル・リオのように、毒を吐いて人を笑わせてくれるコメディ・クイーン、そしてシーズン5のアリッサ・エドワードのように、ダンスへの情熱は誰にも負けずダンスで人を幸せにしてくれるクイーンなど、実に多様な個性を持ったドラァグクイーンがいる。

そして『ル・ポールのドラァグレース』シーズン9は、サーシャ・ベロアが登場したことにより、ドラァグクイーンは人々を魅了するエンターテイナーに留まらず、ドラァグを使って表現活動をするアーティストであるとメインストリームに証明した、そんなシーズンであったと感じる。


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